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2007年7月

アメリカはなぜ原爆を落としたのか

Truman_4

◎この人は誰で何をしているのでしょうか。
答えはのちほど。


日本は唯一の被爆国というのは有名である。
原爆を落としたのはアメリカだ。

アメリカが原爆を落とした理由として、『日本はなかなか降伏しなかったから』と聞くがそれは違う。

それはアメリカの言い訳だ。

仮になかなか降伏しないからと言って、一般市民に原爆を落としていいわけがない。

アメリカの言い訳のような趣旨で中学校の教科書(帝国書院版)も書かれている。
『ポツダムの会議では、アメリカ・イギリス・中国の名前で日本の無条件降伏をうながす共同宣言を出しました(ポツダム宣言)。しかし、この宣言を日本が黙殺したため、戦争の早期終結を望むアメリカは、8月6日に広島に、8月9日に長崎に原子爆弾を投下しました。』

これは、ただ「日本が言うことを聞かなかったから、あるいは、戦争を早く終わらすためなら、原爆投下してもオッケー」というニュアンスを感じる。
要するに、先にあげた理由と一緒だ。

このように教科書に書かれているのだから、マスコミやその他の歴史本などにも、同じようなニュアンスで書かれていることが多々ある。つまり、これが「通説」になっているのである。

その通説をもっと言えばこういうことであろう、
『日本がもっと早くポツダム宣言を受諾して、降伏していれば原爆を落とされることはなかった。
もし、首相(鈴木貫太郎)がポツダム宣言を「黙殺」せず、すぐに降伏を受け入れていれば、広島・長崎の20万人をこえる犠牲者は出なかった。これは、軍部・政府・天皇の責任ではないか。』

しかし、これは本当だろうか。

そもそも、ポツダム宣言が出されたのは1945年の7月26日だが、トルーマン米大統領が日本への原爆投下を命令したのは、その2日前の24日である。

これでは、ポツダム宣言を黙殺してもしなくても、結果は同じだったのではないか。

教科書は嘘をついているのだろうか。

それに、原爆のような非人道的兵器の使用を正当化するような記述が、教科書にあってはならない。

原爆投下までどういった流れがあったのか、その経緯をちゃんと見てみよう。

■1945年2月4日
ヤルタ会談
[ルーズベルト(米)・チャーチル(英)・スターリン(ソ連)の首脳会談]

ドイツ敗戦の2・3ヶ月以内にソ連は日本に宣戦し、 その見返りとして、ソ連に南樺太と千島列島を与えると、密約が交わされる。
(この時、日本とソ連は日ソ中立条約を結んでいる。つまり、これはソ連が日本を裏切るという密約だ)

■4月12日 
ルーズベルト大統領、急死。
急遽、副大統領のトルーマンが大統領に就任する。

■4月25日 
この日、トルーマン大統領は、マンハッタン計画(原爆開発秘密計画)の責任者であるスチムソン陸軍長官から、「原爆」の詳細を知らされる。
トルーマンは、「最も恐るべき爆弾だ!(ザ・モースト・テリブル・シング!)」と感想を述べた。 

そして、トルーマンはこう考えた。

① 「ソ連は、東ヨーロッパ・中国へ勢力を拡大するだろう。これはアメリカにとって脅威であり、早晩、米ソ関係は崩壊するであろう」

戦後は、アメリカが世界のリーダーになるべきだ。 そこで、ソ連を震え上がらせる武器が必要になる。それこそ原爆だ。

② 「原爆を開発するために20億ドルもの巨額の予算をつぎ込んでいる。この秘密を議員や国民たちは全く知らない。もし、議会で『税金の無駄遣いだ!』と追究されたら、困るな」
  
だから、原爆を実戦で使用し、その威力を示すことで「勝利のために、原爆は必要な兵器なのだ」と認識させなければならない。 

【トルーマンの結論】
何がなんでも、日本に原爆を投下しなければ。

◇では、トルーマンは、どのようにして日本への原爆投下を実現したのだろうか。

■5月8日
ドイツ降伏
→ソ連、いよいよ対日参戦への準備を開始。

◇トルーマンは「ソ連は、いつ日本に宣戦布告するのか」知りたかった。

なぜなら、ソ連が日ソ中立条約を一方的に破って日本に侵攻すれば、すでに疲弊している日本はすぐに降伏してしまう。日本が降伏してしまったら、原爆投下のチャンスがなくなってしまうからだった。

つまり、原爆を落とすタイミングを掴みたかったのである。

■5月28日
トルーマンは、特使ハリー・ホプキンスをソ連に派遣し、スターリンから対日参戦の予定日を聞き出させることに成功。
ドイツ降伏の3ヶ月後(8月8日)だった。

■一方で、トルーマンは米英ソ3か国首脳によるポツダム会談を7月15日頃としていた。この頃、英国首相チャーチルは、会談の早期開催を何度も申し入れていたが、トルーマンは、すべて拒否した。

なぜなら、原爆の完成を待っていたからである。

■5月31日
「バーンズ・プラン」が決定(国務長官バーンズの名前から)

内容
①できるだけ早く日本に対して原爆を使用する。
②目標は都市とする。
③事前警告をしない

■7月16日
アメリカ、原爆実験成功

■7月17日
ポツダム会談

トルーマンは、スターリンから「対日参戦は8月15日前後」と聞き出す。
→これでソ連の参戦前に原爆が落とせると確信した。

トルーマンは、妻への手紙に、
「これで日本はおしまいだ」と書いている。

■7月24日
トルーマン、原爆投下命令書を作成

■7月26日
「ポツダム宣言」を発表(日本への降伏条件を提示する)

◇ここで、「ポツダム宣言」に仕組まれたカラクリがある。それが分かるとトルーマンの策略がはっきりする。

「ポツダム宣言」は、最初の草案を変更した。

変更内容
①共同署名国から「ソ連」を削除した。
②第12項にあった「天皇の地位の保持」を丸ごと削除した。

◇①ソ連の名前をなぜ削除したのか。

「ポツダム宣言の署名国からソ連をはずしておけば、日本はソ連がアメリカとの仲介に立ってくれるものと期待し続けるだろう」と考えたからだ。
(とはいえ、日本はすでに戦争終結の準備を進めており、ソ連に終戦の仲介を依頼中であった。)

◇②「天皇の地位の保持」をなぜ削除したのか。  

知日派の元駐日大使ジョセフ・ グルーは、
「日本人が一番大切にしているのは天皇である。これまでのような『無条件降伏』要求では日本人は最後の一人まで戦うだろう。天皇の地位さえ保障すれば、日本は必ず降伏を受け入れる」と、政府首脳に強く説いていた。

そのグルーの説得の結果、当初のポツダム宣言の草案には「天皇の地位の保持」 が書き入れられていたのである。

しかし、それは逆に言えば、「天皇の地位の保持」がなければポツダム宣言を日本は受け入れないと考えられてしまうヒントになった。

つまり、「天皇の地位の保持」が消されたのは、ポツダム宣言を日本が受け入れないようにしたかったからだ。

◇ポツダム宣言には、さらにもう一つカラクリが仕組まれていた。

それは、ポツダム宣言を「宣伝文書」のような形式で発表することだった。

ポツダム宣言は日本に対する「最後通牒」である。
それなのに、トルーマンは、わざわざ公式の外交文書の場合とは違って『宣伝文書』のような形で発表した。

それはなぜか、

外交文書ではないように装うことで、日本政府がポツダム宣言を黙殺しやすくするためであった。

◇つまり、トルーマンのねらいは、

「原爆を使うために、日本を降伏させない」ことだった。

そうして、

■8月6日
広島に原爆投下(ウラニウム型爆弾・リトルボーイ)

トルーマンは、原爆投下を報告する記者会見で「今までに一番嬉しいことだ」と発言。

■8月8日
ソ連対日参戦、満州に侵攻を開始する。

ソ連は原爆投下によって日本がただちに降伏することを恐れ、予定を早めて侵攻した。

■8月9日
長崎に原爆投下(プルトニウム型爆弾・ファットマン)

トルーマン、満面の笑みで原爆投下を記者会見で報告。

■8月10日
日本政府、「天皇の地位を保証」するならば、ポツダム宣言を受諾するとアメリカに伝達。

■8月12日
アメリカから「バーンズ回答」が届く。

アメリカは「天皇の地位保障」を暗黙のうちに了承した。
要するに、ポツダム宣言の草案から意図的に削除していた「天皇の地位の保持」を復活させただけである。

■8月14日
日本政府、ポツダム宣言受諾。

■8月15日
玉音放送


≪まとめ≫
アメリカの日本への原爆投下の目的は、原爆の威力を実証すること(つまり、人体実験)。そして、ソ連を威嚇することであった。
そのために、あらゆる策略を実行し、2種類の原爆を一発ずつ投下するまで日本を降伏させなかったのである。


◎それでは上の写真の正体です。
もう答えが出てしまっていますが、この写真は1945年8月9日、長崎への原爆投下の成功を記者会見で報告しているトルーマンの写真です。
ご覧の通り満面の笑顔で発表しています。

「自分の策略が大成功して日本人の頭の上に原爆が落とせた。ソ連も当分おとなしくしているだろうし、これからの世界はアメリカのもの」といった充実感、達成感を味わっているかのようです。

アメリカからすれば自らの国益を追求しただけかもしれない。
しかし、我が国で広く言われている原爆投下の「通説」は、アメリカの立場から主張されている一方的なものであり、我が国の指導者が全面的に悪かったから原爆が落とされたというのは、間違っている。
そして、何よりその説では、アメリカの悪が誤魔化されてしまっているのである。


《参考》
・鳥居民『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』(草思社)
・櫻井よしこ・鳥居民「なぜ原爆は投下されたのか」(『正論』平成17年9月号)他
・服部 剛(公立中学校教諭)の授業レポート

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